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zoom RSS 田舎に震災見舞いに行って母やみんなの顔を見て安心。

<<   作成日時 : 2011/04/04 12:31   >>

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画像高速道路も、一般車両も通行が出来るようになり、昨日、朝早く出発して、母や、兄のいる実家(大崎市)に震災見舞いと父の墓参りに行ってきました。

行きのルートは、常磐道→東関東自動車道→東北道→古川です。
常磐道は、友部JCTまでは、高速道路の復旧個所は少なかったが、東関東自動車道や、東北自動車道は、地震の影響で段差が発生し、復旧工事をしたところが多く見られました。
高速道路から、広がり風景で、今までと異なるのは、出発から終点まで、約380qの道々の建物の屋根や外壁の
至る所に、ブルーシートがかけられている家々が本当に多いと言うことです。
これらから地震の大きさと被害の範囲をうかがい知ることが出来ました。

高速道路や、パーキングには、自衛隊の災害派遣や、災害支援の支援物資のトラックが多く、また、背中に十字のマークの災害支援の方々が多く見かけました。
また、兵庫県西宮市の災害支援のバスなども見かけ、阪神淡路大地震の時の時に、国産材運動をしているメンバーと一緒に地震調査にいったときのことを思い出し、そんな話をしながら、向かいました。

ガソリンは、市内で入れることが出来ないことがあるので、高速道のパーキングのガソリンスタンドで補充してくるようにと言われていたので、菅生パーキングで給油をしましたが、列は出来ていましたが、そんなに待たずに給油することが出来き、柏市内で起きていた給油待ちで何時間も待っていたことが、ウソのようです。

古川市内も、大きなサッシや、ガラス開口部が割れたり、外壁が落下したり、瓦屋根にブルーシートが掛けられている家々が多いのですが、雪国のため、瓦屋根が少なく、屋根のブルーシートは少なかったように感じました。

道すがら、コンクリート塀が、斜めになっているところや、外壁のモルタルが落下したところなどを見て、実家はどうなっているか心配しながら到着しました。
実家は、私が、1991年(平成3年)に設計して建てた家で、親父がまだ生きているときで、この家には、親父が長年林業をしてきて、育ててきた杉の木の丸太を建物正面に、シンボルとして実家の山から切り出しデザインした家なのです。
今回の地震で、近くの電柱は傾いているのですが、この杉の柱は傾いておらず、左右の大きなFixのガラスも割れなかったようです。

この住宅建築後、1995年(平成7年)1月に、阪神・淡路大地震が発生し、2000年(平成12年)6月に、建築基準施行令が改正され、構造基準がアップされましたが、この家はそれ以前の家ですが、旧基準でも、しっかっりした筋交い設置と、しっかりした工法を行っていたことで、今回の東北地方太平洋沖大地震M9.0も全く被害がなく乗り切ったようです。
この家が完成してから、これまで、マスコミで大きく報道されるような大きな地震は、6回遭遇していて、今度で7回目です。

また、プランは、L字型なので、L字の入隅コーナー部分は大変心配sていたのですが、全くクラックなどは発生していなかったので本当に安心いたしました。

写真のウッドデッキも、20年経過しています。

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